フリーランスの作り方。フリーランスになるには?

ここで、何かしていないと死んでしまうと思っていた私は、歌を作り始めたのだ。

それまで、ギターを少しばかり弾けただけだったが、音楽は元々好きだった。高校生のときにはフォークソングを少しだけ作っていた。だから、音楽を作る事自体は初めてではなかった。

しかし、単に作るだけでは面白くない。そこで私は自主制作でカセットを作る事を思いついた。題名は「Brain Weather Project」として、プロジェクト名も同じにした。直訳すると・・・脳・天気・プロジェクト・・・馬鹿だ。

我が実家は全く音楽を聞かない家だったが、ちょうどその時、父が弾けもしないのに、カシオトーンを買った。それにはコードによる簡単な伴奏機能がついており、それを使って演奏させてみた。

ぽんちゃか、ぽんちゃかと、安物の伴奏ではあるが、それに合せて歌ってみるとなんだか曲に成っている。これは面白い。まるで、ミュージシャンになった気分だ。

歌詞は、友人が言った通りに色々浮かんでくる。そこで、続いて「イメージ・ダメージ」という曲を作ってみた。しかし、安物のカシオトーンでは何だかただのギャグにしかならない。ギャグでもいいが、もう少し音的にもインパクトが欲しい。できればパンクっぽい曲にしたかった。

仕方ない。まずは楽器を揃える事から始めた。

友人から機材を借りたり(その別れた彼女からもシンセを借りた)エレキやエフェクター、録音機材などを購入してレコーディングできる環境を整えつつ、楽器を練習して、録音を始める。最初は下手だが、同じ曲を何度も録音し直しつつ、少しずつ曲の完成度を上げていく。やっているうちに最初とは全く違う曲になっていく。

作りはじめて、録音が終わるまでには半年以上かかった。何しろ、ろくに楽器が弾けないのにレコーディングしようなんて無茶だ。しかし、無茶でいいと思っていた。無理が通れば道理が引っ込む。どっちにしても、元々専門的な音楽の知識なんてないんだ。それでも実現させるためには、無茶やるしかない。

それに元々ミュージシャンになりたいと思っているわけではない。あくまでも、趣味だ。趣味に制限などない。

何かを表現する手段としての音楽。それでいい。そのために自分の出来る事をやる。音楽そのものの理想的完成図なんてはなから求めていない。それを意識しだした時点で、前に進めなくなる。自分の能力と理想の間で思考はストップする。だから、考えないことにした。

その当時はMTRの機材も高価で、後にオープンリールの4CHのレコーダーを購入するまでは、カセットテープのオーバーダビングという方法で、録音した物をダビングしながら音を重ねていった。そのため、出来上がるまでにどんな曲になるのかも分からない。

この時期はまだ、DTM(コンピュータでの音楽制作)の機材は大変高価で自由に購入することは難しかった。だから基本的に演奏は人力でやるしかない。楽器を弾ける人に頼めばもっと楽だったろうが、自分がやりたい音に対して理解がある友人など誰もいない。田舎にそんな奴は居ない。

それでもせっせと楽器を練習しながら録音を続け、8曲入りの自主制作テープの完成まで、1年半位かかった。

さて、作ったら次は販売だ。幾つかアイデアもあったのでそれを実行に移すことにした。まず、その当時はインディーズという言葉も無かった時代で、メジャーな販路を持たない音楽は自主制作と呼ばれていた。

そこで、まずは取り扱ってくれる販売店を調べ連絡を取り、店頭で売ってもらうことにした。熊本ではウッドストック、マツレコなど。東京ではFujiyama等、これらに直接持ち込み、店頭においてもらう。そのためだけに東京にも行った。

それと同時に、自主制作のコーナーがある各音楽雑誌に、説明とテープを送り紹介してもらった。記憶にあるのは、ロッキン・オン、フールズメイト、ペリカン倶楽部など結構な割合で紹介していただいた。その他の情報誌などにも方っぱなしから送りつけ、いくつかの雑誌でも取り上げられた。

そうやって遊んでいたある日、レコード店、ウッドストックのケンさんからこういわれた。

「浅川君、きみ面白いね。いまさ、TKUで『とんでもナイト』っていう深夜番組のスポンサーやってるんで、それで宣伝してやるよ。一度番組に出てよ。」

「あ、いいすね。出ますよ。」

即答した。


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