その日は久しぶりの休日家族と阿蘇に向かっていた。
立野のお弁当のヒライで小休止、子供たちはお弁当を買いに店に入った。私は外で煙草を吸おうと、灰皿のある場所に移動した。その日は快晴で、青空が美しい。そこから眺める外輪山はくっきりとした輪郭で、木々とざわめく光に満ちていた。
その時、何の前触れもなく涙が頬を濡らした。何の感情も湧いてこない。しかし、なぜだか涙が流れるのだ。なぜ、泣いているのか自分でも理解できない。その時分かった。
”ああ、私は病んでいる”
きっとその時、仕事のために全ての感情を封じ込め、まるでロボットのように働いていたのだ。そのことを体が教えてくれた。
”今の仕事、辞めよう!”
心が決まった。それからしばらくして、佐藤社長に相談して、独立することにした。
やっとである。12年かかって一人で仕事する決意をした。スリーアイの仕事始める時決めた2年間という期間がちょうど来ていた。それにやっぱり会社勤めには向いていない。スリーアイではそういった私に対して、社長室がないのにもかかわらず個室を用意してくれたり、随分便宜を測ってくれていたが、それでもやはり向いてなかった。
退社を決めすぐに、仕事の再構築に入った。当時まだ社会保険もなかったので、失業すなわち即収入0になる。勿論失業保険もない。
家族5人を食べさせるのは難しい。それでもそうするべきだと思った。何が何でもそうするべきだと、心の中がそう告げていた。そうなれば怖いものはない。
いつも周りに言っている。
「状況判断は損得で考えれば必ず失敗する。情報を集め熟慮した後、最終的には心に聞け!」
それを実行する時だ。兎にも角にも仕事をやめた。
仕事をやめて、最初にやったのは、平日、温泉に行くことだ。仕事していた時にはそんなこと出来はしない。最初の温泉は、スリーアイの佐藤社長と一緒に初めて営業に行った時の帰りに、私が提案して寄った、坂本村のクレオンだ。
最初の仕事なのに、帰りに温泉に行った。そこで、佐藤社長と色々話した。これからの夢、現実、その他いろいろ。
今度は、そこに一人で行く。
平日の温泉は人も少なく、のんびりしている。途中、道端に花が咲いている。普段だったら気にも留めないその野草の花が美しい。温泉の湯船に太陽が反射してきらめいている。
それらが全て見えなくなっていた物だった。それが意識の中にちゃんと入り込んでくる。
”美しい。世界は美しかったんだ”
これでやっとまともになった。