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ふと、カレンダーの隅に書き込んだ小さな文字が目に入った。それは、ずっと先延ばしにしていた、あの「めんどくさい」用事の締め切りだった。ああ、またこの日が来てしまったか、と心の中で溜め息が漏れる。誰だってそうだろう。できれば、そんな荷物はそっと誰かの肩に預けてしまいたい。けれど、人生とは不思議なもので、そんなふうに誰もが眉をひそめるような、ちょっと厄介なことの影に、思いがけない宝物が隠されていることがあるらしいのだ。
考えてみれば、世の中の「価値」と呼ばれるものの多くは、この「めんどくさい」の土壌から芽を出しているのかもしれない。誰もが気軽に手を伸ばせる甘い果実もいいけれど、少しばかり手間暇をかけ、泥にまみれて掘り起こさなければ手に入らないものほど、人はそこに特別な輝きを見出す。複雑で入り組んだ手続きを解きほぐす指先。難解なコードの森を何日も彷徨った末に見つける一筋の光明。人知れず、膨大な時間をかけて磨き上げられた技術。それらは皆、傍から見れば「よくやるよ」と呆れられるほどの「めんどくさい」ことの結晶だ。だからこそ、そこに「ありがとう」という感謝と共に、対価が支払われる。需要と供給なんて小難しい言葉を使わなくても、誰かがその「めんどくさい」を引き受けてくれるから、私たちの日常は案外スムーズに流れていく。
ただ、その「めんどくさい」と正面から向き合い続けるのは、なかなかに骨の折れることだ。金銭的な報酬だけを心の杖にしていては、いつかポキリと折れてしまうかもしれない。そんな時、私たちの背中をそっと押してくれるのが、あの温かくて不思議な感情、「好き」という気持ちなのではないだろうか。
「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、どんなに地味で根気のいる作業でも、「好き」というフィルターを通すと、途端に色鮮やかな冒険に変わることがある。最初は億劫で仕方なかったはずなのに、いつの間にか時間を忘れ、没頭している自分に気づく。それはまるで、無人の荒野に小さな種を蒔き、水をやり、やがて可憐な花が咲くのを見守る喜びに似ている。
「でも、そんな風に夢中になれるものなんて、そう簡単に見つからないよ」という声が聞こえてきそうだ。確かに、運命的な出会いのように「好き」が降ってくることは稀かもしれない。けれど、思うのだ。その「好き」という感情は、案外、自分の手で育てていくことができるのではないかと。
その小さなコツは、もしかしたら、こんなことかもしれない。まず、人が「これはちょっと…」と敬遠するようなことに、ほんの少しだけ好奇心のアンテナを立ててみる。「どうして、これは誰もやりたがらないんだろう？」「もし、この難題をクリアできたら、どんな景色が見えるだろう？」そんな、子どものような問いかけから始めてみるのだ。
そして、それをどうすれば実現できるか、頭の中でパズルのピースをはめるように、あれこれと思い描いてみる。難しければ難しいほど、その攻略法を考える時間は、密かな楽しみにも変わる。
一番大切なのは、実際に一歩踏み出して、ほんの少しでもいい、「昨日よりできるようになった」「他の人より、ほんのちょっとだけ上手くできた」という小さな光を見つけること。そのささやかな達成感が、じんわりと心に染み渡り、自己肯定感という名の養分になる。その養分が、「好き」という感情の芽を、ゆっくりと、でも確実に育てていくのだと思う。
だから、何かを好きになれることは、本当に素晴らしい。それは、まるで自分だけの秘密の庭を持つようなものだ。そして、その庭は、誰かに作ってもらうのではなく、自分の手で作り上げることができる。人が避けて通るような「めんどくさい」ことの中にこそ、その庭を豊かにする種が隠されているのかもしれない。
そうやって見つけた「好き」は、きっと、日々の面倒なことをも照らし、やがては誰かの役に立つことで、確かな価値へと変わっていく。そんな循環の中に身を置けたなら、人生はもっと味わい深いものになるのではないだろうか。カレンダーの隅の小さな文字を見つめながら、私はそんなことをぼんやりと考えていた。さて、そろそろ、あの「めんどくさい」に取り掛かるとしようか。その先にある、まだ見ぬ「何か」を、少しだけ楽しみにしながら。
