それって大事ですが、目的に振り回されていては何のために生きているかが分からなくなります。
私の基本的欲求は幸せになることにありますが、そのための目的であればいいと思います。
だから、目的とはその思いを実現させるための便宜的指針でしか無い。しかしてそれは長い人生の一コマに過ぎません。だから何をしたいのか?という部分が優先されるべきです。
目的は随時変わっても問題ありません。
ところが、私達は教育の中で、目的=結果と考えがち。
目的に行き着かなかったから失敗したと思い悩むことも在るでしょう。しかし、そうではありません。重要なのは一時的な結果ではなくそのプロセスにあります。
だって、私達の存在もまた確実なものではなく、幻みたいなものなのであって、それは現象にしか過ぎない。だから、私達が得るべきものは、一時的な結果ではなく、それらに向かって動いたことで得られる経験の方にあります。
何かをなすことができるのか?それともできないのか?
それは相対的に決まってきます。もちろん自身の努力も影響しますが周囲や環境も影響してそれが結果として現れます。しかもその結果という物自体に本来的な意味は無い。
意味づけ自体が相対的なものです。
それを幸せに感じる心があればそれは私達のとっての幸せでもあり得るでしょう。
さらに、私達は失敗と言われるものからこそ学ぶことができます。失敗しないと心から理解できない事が多い。だから失敗自体は悪いものではない。
それを恐れる心のほうが敵だと思ってください。失敗するとたくさんのことを学べます。学ぶことを拒否している人もいるけど、その弱さが一番の敵です。