余計なことを言ってしまいトラブルになる

余計なことを言ってしまいトラブルになる

人間正直であることは大事だし、自分の意見をはっきり言う事はお互いの為になりますが、余計なことを言う事でトラブルも発生します。

若いときには特にそんなトラブルに見舞われることも多いでしょう。その頃は純粋であるがゆえ、自分の気持や考えに忠実でありたいと思います。その事は間違いではありませんし、その純粋さは大切なものです。ただ、若さにおいては視界の狭さという問題もあります。自分の考えが正しいと思ってもそれが他者の正義と同じ物であるとは限りません。

  • 自分の考えや行動を正直に伝えたら相手から嫌われた
  • 自分の思いを伝えたのに誤解された
  • 大したことない事実を告げただけなのに相手を怒らせた
  • 自分を守るために言いすぎてしまった

などなど、コミュニケーションにおけるトラブルは絶えません。

私たちの考えはそれぞれ違っていて、私の常識がだれかの常識ではないという事実を徐々に知っていく事も成長の一つです。

「だから余計なことは言わないほうがいい。できるだけ自分の意見は言わないほうがいい。」

そう考えて、人前では自分の意見を言わないという人も多いでしょう。(日本人的解決方法かもです)

しかし、正直であることを重要視するのであれば、何も言わないという選択肢や、そのために嘘をついてしまっては問題です。

事実を伝えるのに嘘は必要ない

私も何か相手に伝える時「嘘」だけは言いたくありません。だから事実と違うことは言わない様に心がけています。一度口から出た嘘や大げさは回り回って自分を傷つけます。それはあなたの信用をなくし、だれからも相手にされない様な事態を引き起こすかも知れません。

ただ、何が嘘で何が本当かは結構曖昧な事も多いのです。

事実というものは多元的に存在していて、見る立場や価値観で色んな捉え方ができます。よって、事実でも言うべき事柄と表現の仕方を工夫することで相手を傷つけず事実を告げる方法もあるでしょう。

例えば、自分があまり良く思っていない相手をどう思うか?そういった質問をされた時なども、よっぽど悪質な場合を除き(この判断自体が難しい)その相手のことを悪く言うことはありません。あえて聞かられたら事実をかいつまんで説明することはありますが、そこに感情的な事があってもできる限り排除して説明します。

物事の善し悪しを判断するのは自分の価値観ですが、その価値観自体が絶対的なものではないという事を忘れてはいけません。

ある人にとっては都合の悪い人でも、ある人にとっては愛すべき人物であるかもしれません。

そして、それを判断するのは各々の責任であり、私が決めつけるべきものではないと言うことになります。そのための情報は相手に与えるとしても、自分の価値基準で相手を決めつけていはいけなでしょう。

伝えるべき情報を整理する

嘘をつく必要はありませんが、何をどの様に伝えるかは私の考えに由来します。

したがって、「私が言ったことで相手にどんな影響を与えるか」を想像する癖をつける事が重要でしょう。最初はわかりやすいネガティブな思いなどから始めます。

何か否定的な事を相手に言うと相手はどんな反応をするのか想像してみます。

概ね、否定的意見を私がいえば、相手は心を閉ざし、余計に伝わらなくなる可能性が高いことが分かってくるでしょう。そうなれば本来自分が伝えたい事が伝わらないわけですから、言い方を変える必要が出てきます。

そういった事を意識的に始めると、言い方に対しての訓練が出来てきます。

何事も繰り返し意識して表現を変える努力をする事が重要ですね。

次第にそれはあなたのスキルとなり、よりストレスなく相手に何かを伝えることができるようになるでしょう。