文化庁 令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業 オペラ「ヘンゼルとグレーテル」IN 熊本に舞台映像として参加させていただいた。今回は対象となるのが招待された子どもたちが多いこともあり、映像の一部をイラストアニメーションで構成することを決め、平成音楽大学の生徒でもある迎千織さんにお願いした。
迎くんは最初、音楽学科に入学したが思うところあってこども学科に再入学。幼児教育の道を歩んでいるが、それと同時にイラストなどの絵の才能もあり、受講しても単位にはならない(学科が違う)私のメディアデザインの聴講生としても参加した生徒だ。
その授業は、ミュージシャンのためのセルフプロモーションの授業であり、その中のビデオ制作などに興味があったようだ。そういった事情は事前に聞いていたので、授業内でもできる限り彼女のやりたいことをやっていただいた。そんな楽器もでき、幼児教育にも造詣があり、イラストなどのデザインまでこなす彼女は大学の中でもちょっと変わり種と思われているかも知れない。(迎くんすまん)
しかし、興味の対象が広ければそれらは相互に影響してオリジナリティーを育てるだろう。実際彼女のイラストにはオリジナリティーがある。しかし今回、手書き感あふれるイラストを動かさなくてはいけない。つまりアニメーションに挑戦していただいた。実はこれまで本格的なアニメを作ったことがないのも知っていたのだが、多分彼女ならできるという適当な思いつきで、それは間違いではなかった。
彼女はこの仕事が決まってからMacBook Air(M1)や Adobe の Creative Cloud などを購入し、制作に時間を割けるようにアルバイトも調整して事に臨んでいる。この思いがとても重要なのであって、何かを成し遂げることのできる人はここぞというときに自ら動くことができる。
ちょうど後期試験が終わって少ししか間がない状況で、学校と制作に挟まれての時間は大変だったと思うが、それでも積極的に作品を作ってくれた。こちらとしてはそういった彼女のイラストをどう活かすかという部分と、それらを最終調整してプロジェクションする作業を行ったが、それは楽しい時間だった。
勿論初挑戦である為、ファイルフォーマットを取り違えたり、本番二日前に、Google Drive で共有しているいちばん重要な書類である絵コンテを完全消去してしまったりといったトラブルはあったがそれでもなんとか本番には間に合った。ちなみに絵コンテ消したことは演出家の松岡さんには言っていない。言ってないのだが、迎くんの知人が助け舟出して、Googleと英語で交渉、復活させたので問題なし。
さて本番を迎えるにあたって次の試練が彼女を襲う。
当日動画の送り出しを行うためのキュー出しを彼女にやってもらうことにした。別に担当の方もおいでだったが、直前まで修正などがあったため、内容を理解している彼女のほうが適任であるという判断の下お願いした。
最初は割と悠長に構えていた彼女・・しかし実際は譜面とにらめっこしながら正確なキューを出すのは結構大変なのだ。このため緊張が半端ではない。何しろせっかく作った動画でもキューのタイミングが狂えば台無しになってしまう。最悪作った動画が表示できない事もありうる。しかも今回はゲネプロと呼ばれる通し稽古も1回しかないのでそれを逃すとタイミンが分からない。
リハなどで実際やってみるが映像を送り出す私との連携が最初うまくいかない。
きちんと取り決めした言い方を守らないとこちらもタイミングを逸する。そんな事が重なり相当ストレスが溜まっていく。そこに追い打ちをかけるように私が「それじゃ聞こえない!」などと大声出すのでビビってしまう。しかし、本番ビビられるよりリハの時ストレスかけたほうがいいのだ。その分本番は否定的なことは言わない事にする。
すべて終わった時点で迎くんが言っていた。
「先生私もうキューだし絶対やんないです」
なーに、しばらくすればまたやってもいいと思えるだろう。そこは登山と一緒だ。
そんなこんなで緊張した状態で本番を迎える。コロナ対策で2000人程度はいる観客席はその半分が埋まっている。実質的には満席という状態だ。実際コロナ禍でこのような規模のイベントが開催できたことは奇跡に近いだろう。
いくつか問題はあったものの、概ね意図したタイミングで投影する事ができた。
上演内容も多くの方に喜んで頂き映像効果も好評だった。
動物たちのイラストを中心に魔法の効果や、ホリゾントに不気味な森を投影することで雰囲気を作ったりと様々なシーンで映像とオペラが融合してヘンゼルとグレーテルの世界観を補強できたと思う。
オペラの場合あくまでも主役は出演者の皆さんだ。その点映像が強すぎては全体の演出がちぐはぐになる。このへんのバランスが難しい。
終了後、演出の松岡さんからは
「 浅川さん、ほんとにほんとにありがとうございました!!映像効果の素晴らしさに加え、打ち合わせからインカムでのやりとりまで愉快に楽しませていただきました!」
との言葉を頂き、返事で
「やったー!インカムの会話が面白かったと言う評価が一番嬉しいです!」
などとふざけてしまったが、やっぱり仕事は楽しいほうがいい。また総合演出の小西たくまさまからは
「浅川先生のコメント一つ一つが、現場をどれだけ助けて下さったか感謝しかないです。」
と、やはりインカムの会話が面白かったみたいで、ありがたいコメント頂いた。あはははははは。
さてさて、そうして終了したヘンゼルとグレーテル。(映像班ではヘングレって呼んでたけどね。)コロナを超えて私達の精神活動の発露が行われたってことに成る。100名を超える出演者の皆様もご苦労様でした。それから素晴らしい舞台環境を作っていただいたスタッフの皆さん本当にごくろうさまでした。
当日私が潰れた場合を考えてお願いしたサポートメンバーの岩岡くんが言っていた。
「僕は今回始めて本格的なオペラを見たんですが、結構感動しました。コロナ禍であってもこういったことは続けるべきですね。」
と、言っていたが私も同感だ。アートは私達の存在意義にも関係するものだろう。
今回はオペラそのものの話より、そこに初めて関わってジタバタした一人のクリエイターの話を中心に紹介したわけだが、そうやって人は経験を積んで成長していくだろう。
迎くん。ご苦労様でした。そしてご両親に胸を張って伝えてください。
「私、国のやってるオペラでイラストとアニメやったのよね。」
そしたらきっとこう答えてくれると思うよ。
「えっ?千織、あんた何やってんの?!」
PS. この話の中で出てきた迎くんがまた、自力でウェブサイト作っています。興味のある方、仕事を頼みたい方は御覧ください。