疲弊したこの国日本と、アート的思考の関係性

疲弊したこの国日本と、アート的思考の関係性

とにかくあちこち桜が満開ですね・・車で移動していても写真撮りに行きたくてウズウズします。

写真の撮影の場合、そのロケーションも重要なので、単純に桜の下に行けばいい写真が撮れるかというと結構難しいわけです。それは撮り尽くされているためどこかで見た写真になってしまう。

「誰も見たことのない」というのは重要です。

アート的写真にこの視点の転換というのがないと単なる普通の写真の枠にハマってしまうわけですね。

何度も書いていますが、アート的視点とは新たな価値の創造でもあり、物事を多面的に捉える事が必要です。

その新規性は、ともすればタブーへの挑戦であったりします。

基本的な価値観を無視して自由に考える必要があります。

ま、天才はそれを努力なしに実現できたりしますが、我々凡人は思想性とかコンセプトとかが大事になったりします。

そしてそれは、疲弊した現在の日本に於いても重要なスタンスだと思うのです。

自宅から出ることが難しい現在、そういった思いを持って、今の自分を見直す事も必要でしょう。

これまでの世界がこれまで通り続くことはないかもしれない。

その中で今後起きるであろう問題に対して今のあり方で対応できるのか?

これまでも考えるべききっかけは色々あったはずです。

しかし、目前の問題に終始して、遠くを見ることができなくなったのが今の私達なのだと感じます。


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