オタク的文化に関しての価値観の変遷

今日は、取材と会議の間に時間が出来たので県立美術館分館で開催されていた崇城大学芸術学部の卒業制作展に行ってきた。

以前はこの学部で非常勤講師もやっていたので、今の学生達がどんな作品を作るのか興味があった。


そんな中、感じたのがサブカルと呼ばれていたアニメや漫画などが今やポップアート、いやもっと言えば、現代アートの中心になっていると言っていいのではないかという事実。

何を今更という見方もあるだろうが、大学でも「漫画学科」が学問の一つとして取り入れられているわけで、十分に市民権を得ている。本来、メジャーな文化に対して、サブカルチャーとしての範疇でオタク的文化も存在していたが、サブカルチャー(サブカル)におけるオタク文化というのには一定のネガティブな評価が付きまとっていた。

更に昔出あればマニアと言われるようなパラノイア的嗜好が想像され、非社会的な文化としての認識が強かったのではないかと思う。

それが、現代で言えば「陰キャ」とか「メンヘラ」とかで表現されるものと絡み合い、特別感とか、人とは違う何かを与えてくれるという幻想につながっている。よって、そういったものを嗜好するものは、アンダーグラウンドな存在であるという意識も強いし、それが自分にとってのアイデンティティーの一部であるという認識も生まれている。

しかし、すでに記号化され時代によって認められたオタク的アートは独自のアイデンティティーを提供してはいないと思ったほうがいいだろう。逆にそれを嗜好するするものが大勢となっているのが現在であって、様々な嗜好の一つになっている。

つまりは、過去のようなマイナーな存在は今はない。マイナーとメジャーという概念はヒエラルキー構造があって存在できるが、全ては横一線に並び、各自がどのセグメントを選ぶかという選択でしか、自分を表現できないということになる。

もうすこし簡単に書こう。

「いやーもう。アニメとか漫画とか皆んな好きやん。アートとかよーわからんけど、そーいうのもアートやないの?オタクキモって思ってるあんたやって、アニメ嫌いやないやろ?ほな、オタクってなんやねん。みーんなオタクやないのん?」