結果論の罠にはまる

結果論の罠にはまる

色んな人の相談を受けて思うのだが、概ね結果主義の罠に落ちている場合も多い。

「結果出してなんぼ」

というのもわからないでもない。

それが期待される環境にいれば当然プレッシャーとなってその人を押さえつける事に成るだろう。

ただ、もう少し考えていただきたいと思うこともある。

その結果というモノも人生における一時の現象でしかない。いつだって私達は未完のまま人生をおくっている。チベット仏教の様に来世を信じているなら死すら命の途上に過ぎない。

それは極端でも、何かを成せなかったからといってそれを儚んでもあまり有意義ではないだろう。それよりやはりそのプロセスを楽しむことのほうが大事な気がする。

今それが出来なくてもいつかできる日が来るかもしれない。

諦めることをやめただけで、実現することは沢山ある。それは若いときには分からないかもしれないが、歳とって振り返ることで理解できるだろう。

何も出来ない自分には生きる価値がないない・・・などと考えてしまう若い人も多い。しかし、何度も書いたように私の価値は私には分からない。それと同じ様に生きる意味さえ分かることはないと考えたほうが自然だ。

では、死を選ぶのか?

それもだめだとは思わないが、少しだけ考え方を変える事ができればこの世界もまんざらじゃない。自分を自分で評価して駄目だとか無意味なことは止めたほうがいい。


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