市民メディアの必要性

昨夜は某新聞社の記者のみなさんと会食。やはりいろんな情報ソースをお持ちでした。

日本のジャーナリズムというのは、ある時期(多分バブル以降)からエンタメコンテンツに圧迫され変容したと言えるかもしれません。

記事に書けること書けないこと、その判断は難しいでしょう。しかし、新聞に限らず、ジャーナリズム的視点というのはとても重要なのであって、それらのイデオロギーが衰退すれば情報における自浄作用も鈍麻化するのは必死。

ヨーロッパでは市民メディアという報道ジャンルが確立していて、マスコミに頼らない市民による寄付をベースとした報道機関が定着しつつありますが、事日本では、そういった動きも活性化していません。

いくつかの試みは不調に終わり、市民の視点での報道は衰退傾向にあります。これは、日本人の「自由」に関する考え方が大きく作用しているといえるでしょう。

「自由は勝ち取るものではなく、与えられるもの」

そういった概念が染み付いている。

「お上の言うことには逆らえない」

この感覚は根強いのだと思います。

しかし、そうではない。お上と思っている存在も同じ人間ですし、その仕組も人が作っている。

人が作った仕組みであれば変えることも可能。変えることを恐れない勇気が双方に必要なのでしょう。

ということで、新たな市民団体を作るお手伝いはじめました。

それ自体は市民メディアを作るための仕組みではありませんが、その団体を基本として、放送局と連動する形で、番組制作を行う予定。その中で、同様の機能をもたせることになると思います。

まだまだ、どうなるかわからない部分もありますが、ディティールが決まったらこちらでもご案内する予定です。

ということで、プレ告知。

ショートトラックラジオ「あさドン「熊本市の街づくり活動について」EP-96」こちらをどうぞ。


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