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脳に使われるのはなく脳を使う

脳に使われるのはなく脳を使う

私たちの精神、すなわち意識は、身体や環境との連続的な相互作用の中で形成されます。しかしながら、単にそこから生じる意識の流れだけでは説明が難しい現象も多く、意識を俯瞰し、あるいは方向づけるような「主体」の存在を想定する必要があるように思われます。

この「主体」に近いものとして日常的に意識されるのが「自我」かもしれませんが、この自我は経験的に形成された自己像や欲求の複合体であり、時として内的に矛盾したり(分裂)、感情に左右されたりすることで、かえって問題や困難を引き起こす要因ともなり得ます。

そうした自我の限界を踏まえると、さらにその上位から自我の働きをも客観的に観察できるような視点、いわば「観察する自己」とも呼べるような意識状態を想定することが有効になります。この高次の視点を導入し、物事を捉え直すことで、様々な問題に対する新たな理解や対処法が見えてくる可能性があります。

具体的に言えば、何らかの問題に直面した際、感情的な反応にすぐさま同化するのではなく、一歩引いた冷静な視点(=観察する自己)から、「今、自分は何を感じ、どう考えているのか」「状況はどうなっているのか」を客観的に整理・分析するのです。その過程では、過剰な感情的要素を意識的に脇に置き、事実に基づいて判断することが重要になります。

そして、この冷静で客観的な「観察する自己」こそを、自らの意思決定の「主体」として認識します。その上で、感情や習慣に根差した自我(エゴ)に対しては、この主体からの指示に基づき、より建設的に行動してもらうよう働きかけるのです。これは、脳の自動的な反応に「使われる」のではなく、意識的に「脳を使いこなす」という能動的な姿勢と言えるでしょう。

このような客観的な視点を持ち、自己をコントロールする能力は、おそらく適切な訓練によって誰でも向上させられる可能性が高いと考えられます。私たちの抱える問題の多くが、客観性を欠いた感情的な反応や思考によって引き起こされ、あるいは複雑化していることを考えれば、この能力を養うことの意義は大きいと言えるでしょう。

以下により具体的な内容を補完します。

1.基本的補足

1. 意識の基盤としての身体・環境との連続性

  • 具体例: 私たちが「暑い」と感じるのは、単に脳内の神経活動だけでなく、皮膚の温度受容器が外部の気温を感知し、その情報が神経系を伝わり、脳で処理され、過去の経験(暑さによる不快感など)と結びついて初めて「暑い」という意識的な感覚が生まれます。さらに、エアコンのある環境にいれば「快適だ」と感じるように、環境そのものが意識の内容を直接的に規定します。このように、意識は身体というインターフェースを通じて環境と相互作用する中で、常に形成・変化し続けています。

2. 「意識」を超える「主体」の必要性

  • 説明が難しい現象の具体例:
    • 意思決定と自由意志: 複数の選択肢がある状況で、単なる刺激反応ではなく、私たちが「自分で選んだ」と感じる感覚。過去の経験や現在の状況(意識の内容)を踏まえつつも、最終的に「決断する私」がいるように感じられます。
    • 自己認識の連続性: 思考や感情は絶えず変化しているにもかかわらず、私たちは「昨日の自分」と「今日の自分」が同じであるという感覚(自己同一性)を持っています。この変化する意識の流れを束ね、一貫した「私」として認識する機能が必要です。
    • 内省・メタ認知: 自分の思考や感情を客観的に観察し、「今、私は怒っているな」「この考えは合理的ではないかもしれない」と評価する能力。これは、意識そのものを対象として捉える、一段高い視点を持つ「主体」の存在を示唆します。

3. 自我(エゴ)とその分裂がもたらす困難

  • 自我(エゴ)の定義: ここでいう自我(エゴ)とは、一般的に「自分はこういう人間だ」という自己イメージ、欲求、信念、価値観などの集合体と捉えられます。それは経験を通じて形成され、自己を守り、欲求を満たそうと機能します。
  • 分裂の具体例:
    • 内的葛藤: 「ケーキを食べたい」という欲求(自我の一部)と「ダイエット中だから我慢すべきだ」という理性や目標(自我の別の部分)が対立する状態。
    • 認知的不協和: 自分の信念と矛盾する行動を取ってしまった際に感じる不快感。例えば、「タバコは体に悪い」と知っていながら吸ってしまう場合、自我の中の異なる要素が衝突しています。
    • 役割による自己の多面性: 家庭での自分、職場での自分、友人との自分など、状況に応じて異なる側面を見せること自体は自然ですが、それらの間で強い矛盾や乖離が生じると、「本当の自分はどれなのか」という混乱やストレスが生じます。

4. 「さらにその上の存在」としての客観的視点の導入

  • 「さらにその上の存在」の具体化: これは、特定の神秘的な実体を指すというよりは、「観察する自己(Observing Self)」や「メタ認知的な視点」と言い換えることができます。それは、自分の思考、感情、身体感覚、そして自我(エゴ)の働きそのものを、あたかも第三者のように、距離を置いて冷静に観察できる意識の機能や状態です。
  • 問題解決への応用:
    • 対人関係のトラブル: 相手の発言にカッとなった時、すぐに反論する(自我の反応)のではなく、まず「今、自分は怒りを感じているな。相手のあの言葉が引き金になったようだ」と観察する視点を持つ。なぜ怒りを感じたのか、自分のどんな価値観が傷つけられたと感じたのかを客観的に分析することで、感情的な反応ではなく、より建設的な対応(例:冷静に自分の気持ちを伝える、誤解がないか確認する)を選択しやすくなります。
    • 目標達成の障害: やるべきことがあるのに、つい怠けてしまう(自我の抵抗)。この時、「怠けたいと感じている自分」を観察し、「なぜそう感じるのか?疲れているのか?課題が難しすぎるのか?失敗を恐れているのか?」とその背景を探る。原因を特定できれば、「少し休憩する」「課題を小さく分割する」「完璧主義を手放す」といった具体的な対策を、観察する自己(主体)が判断し、自我(行動する部分)に指示を出すことができます。

5. 客観的視点を「主体」とし、自我(エゴ)を動かす

  • 脳に使われる状態: 感情的な衝動(怒り、不安、快楽への欲求)や、無意識の思考パターン、習慣に突き動かされ、後で後悔するような言動をとってしまう状態。これは、脳の扁桃体や大脳基底核などの原始的・自動的な反応に「使われている」状態と言えます。
  • 脳を使いこなす状態: 上述の「観察する自己」を自分の中心(主体)と捉え、前頭前野などの高次認知機能を意識的に活用する状態。感情や衝動が発生しても、それを認識し、評価し、長期的な目標や価値観に照らして、どの行動を選択するのが最善かを判断し、自我(エゴ)に実行させる。「怒り」を感じても、怒りに任せて行動するのではなく、「怒りという情報を参考にしつつ、どう行動するかは私が決める」という姿勢です。

6. 訓練による習得可能性

  • 具体的な訓練方法:
    • マインドフルネス瞑想: 呼吸や身体感覚に注意を向け、湧き上がる思考や感情を評価せず、ただ観察する練習。これにより、「観察する自己」を育むことができます。
    • ジャーナリング(書く瞑想): 自分の思考や感情を書き出すことで、客観的に捉え直し、整理することができます。
    • 認知行動療法的アプローチ: 自分の自動思考(無意識の思い込み)に気づき、その妥当性を検討し、より現実的で適応的な思考パターンに変えていく練習。
    • ソクラテス式問答(自己対話): 自分自身に「なぜそう思うのか?」「他の可能性はないか?」と問いかけることで、思考を深掘りし、客観性を高めます。

7. 客観性の欠如と問題発生

  • 具体例:
    • 偏見や差別: 特定のグループに対するネガティブな感情や固定観念(客観性のない思考)に基づいて、不当な扱いをしてしまう。
    • 衝動買い: 一時的な欲求や広告に煽られた感情(客観性のない判断)によって、不要なものを買ってしまう。
    • 過度な心配や不安: 最悪の事態ばかりを想像し、その感情に飲み込まれ、客観的な状況評価ができずに身動きが取れなくなる。

結論として

提示された論点は、意識、自我、そしてそれを超える客観的な「主体」(観察する自己)という階層構造を想定し、後者を意識的に活用することの重要性を説いています。これは、感情や衝動に振り回されるのではなく、自己認識を高め、より理性的で目的に沿った行動を選択するための実践的な思考法であり、心理学や認知科学、あるいは瞑想などの分野で探求されているテーマとも深く関連しています。訓練によってこの客観的な視点を強化することは、多くの個人的・対人的な問題を解決する鍵となり得るでしょう。

2.心理学的観点での補足

私たちの精神、すなわち意識は、単なる思考や感情の集まりではなく、身体感覚や置かれた環境との絶え間ない相互作用(身体性認知の考え方にも通じます)の中でダイナミックに形成されます。しかしながら、この流動的な意識体験だけでは、自己の一貫性や能動的な意思決定といった現象を十分に説明することは難しく、意識全体をある程度俯瞰し、方向づけるような主体、すなわち自己意識(Self-awareness)、特に自己の思考や感情を客観的に認識する**メタ認知(Metacognition)**能力に近いものの存在を想定する必要があるように思われます。

この「主体」に近い日常的な感覚が「自我(Ego)」ですが、心理学的に見ると、自我は過去の経験に基づいて形成された自己概念(Self-concept)や信念(スキーマ)、欲求、防衛機制などの複合体です。この自我は、時に内的な葛藤(例:「やりたいこと」と「やるべきこと」の対立)や認知的不協和(自身の信念と矛盾する行動をとった際の不快感)によって不安定になり、感情的な反応や非適応的な行動パターンを生み出すことで、かえって心理的な困難(ストレス、不安、抑うつなど)を引き起こす要因ともなり得ます。

そうした自我の限界や、感情・思考への自動的な同一化を踏まえると、さらにその上位から、自我の働きや感情・思考の流れそのものを、価値判断を加えずに観察できるような視点を持つことが有効になります。これは、マインドフルネスで重視される「今、ここの経験への気づき」や、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)における「文脈としての自己(Self-as-Context)」――すなわち、思考や感情が浮かぶ空間・背景としての自己――に近い概念です。この「観察する自己」とも呼べる視点を導入し、自身の内面や状況を捉え直すことで、問題に対する新たな理解や、より適応的な対処法(コーピング)が見えてくる可能性があります。

具体的に言えば、何らかのストレス状況や問題に直面した際、湧き上がる怒りや不安といった強い感情や、自動的な否定的思考にすぐに飲み込まれる(同一化する)のではなく、まず「観察する自己」の視点から、「今、自分は〇〇と感じているな」「△△という考えが浮かんできたな」と、その心的プロセスに気づき、ラベルを貼ります(感情のラベリング)。そして、その感情や思考から一歩距離をとり(脱中心化・脱同一化)、過剰な感情的反応の影響を抑えつつ、状況を客観的に評価し、より建設的な解釈や意味づけを行う(認知的再評価)ことを試みます。これは、感情を完全に「切り捨てる」のではなく、感情が持つ情報(例:不安は危険への警告信号)は認識しつつも、それに支配されず、より広い視野から行動を選択するための**感情調節(Emotion Regulation)**のプロセスです。

そして、この冷静で客観的な「観察する自己」の視点こそを、自らの意思決定や行動選択における「主体」として据えます。その上で、感情や過去の学習に根差した自動的な反応パターンとしての自我(エゴ)に対しては、この主体からの洞察に基づき、より長期的で価値ある目標に沿った行動をとるよう、意識的に働きかけるのです。これは、扁桃体などの情動反応に由来する衝動的なボトムアップ処理に振り回されるのではなく、前頭前野が司る実行機能(計画、判断、抑制制御)といったトップダウン処理によって、意識的に自己を調整する、すなわち「脳の自動反応に使われる」のではなく、「脳(の機能)を使いこなす」という能動的な姿勢と言えるでしょう。

このようなメタ認知能力や感情調節スキルは、生得的な部分もありますが、マインドフルネス瞑想、**認知行動療法(CBT)**における思考記録や行動実験、**アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)**におけるアクセプタンスやコミットメントの練習などを通して、後天的に向上させられる可能性が高いことが、多くの研究で示唆されています(神経可塑性の観点からも、訓練による脳機能の変化が期待されます)。私たちの抱える心理的な問題の多くが、客観性を欠いた自動思考や、コントロールされない感情反応によって引き起こされ、維持されていることを考えれば、この「観察する自己」を育て、自己調整能力を高めることの意義は、精神的な健康(メンタルヘルス)の維持・向上において非常に大きいと言えるでしょう。


  Click to listen highlighted text! 脳に使われるのはなく脳を使う 評価 (0) 私たちの精神、すなわち意識は、身体や環境との連続的な相互作用の中で形成されます。しかしながら、単にそこから生じる意識の流れだけでは説明が難しい現象も多く、意識を俯瞰し、あるいは方向づけるような「主体」の存在を想定する必要があるように思われます。 この「主体」に近いものとして日常的に意識されるのが「自我」かもしれませんが、この自我は経験的に形成された自己像や欲求の複合体であり、時として内的に矛盾したり(分裂)、感情に左右されたりすることで、かえって問題や困難を引き起こす要因ともなり得ます。 そうした自我の限界を踏まえると、さらにその上位から自我の働きをも客観的に観察できるような視点、いわば「観察する自己」とも呼べるような意識状態を想定することが有効になります。この高次の視点を導入し、物事を捉え直すことで、様々な問題に対する新たな理解や対処法が見えてくる可能性があります。 具体的に言えば、何らかの問題に直面した際、感情的な反応にすぐさま同化するのではなく、一歩引いた冷静な視点(=観察する自己)から、「今、自分は何を感じ、どう考えているのか」「状況はどうなっているのか」を客観的に整理・分析するのです。その過程では、過剰な感情的要素を意識的に脇に置き、事実に基づいて判断することが重要になります。 そして、この冷静で客観的な「観察する自己」こそを、自らの意思決定の「主体」として認識します。その上で、感情や習慣に根差した自我(エゴ)に対しては、この主体からの指示に基づき、より建設的に行動してもらうよう働きかけるのです。これは、脳の自動的な反応に「使われる」のではなく、意識的に「脳を使いこなす」という能動的な姿勢と言えるでしょう。 このような客観的な視点を持ち、自己をコントロールする能力は、おそらく適切な訓練によって誰でも向上させられる可能性が高いと考えられます。私たちの抱える問題の多くが、客観性を欠いた感情的な反応や思考によって引き起こされ、あるいは複雑化していることを考えれば、この能力を養うことの意義は大きいと言えるでしょう。 以下により具体的な内容を補完します。 1.基本的補足 1. 意識の基盤としての身体・環境との連続性 具体例: 私たちが「暑い」と感じるのは、単に脳内の神経活動だけでなく、皮膚の温度受容器が外部の気温を感知し、その情報が神経系を伝わり、脳で処理され、過去の経験(暑さによる不快感など)と結びついて初めて「暑い」という意識的な感覚が生まれます。さらに、エアコンのある環境にいれば「快適だ」と感じるように、環境そのものが意識の内容を直接的に規定します。このように、意識は身体というインターフェースを通じて環境と相互作用する中で、常に形成・変化し続けています。 2. 「意識」を超える「主体」の必要性 説明が難しい現象の具体例: 意思決定と自由意志: 複数の選択肢がある状況で、単なる刺激反応ではなく、私たちが「自分で選んだ」と感じる感覚。過去の経験や現在の状況(意識の内容)を踏まえつつも、最終的に「決断する私」がいるように感じられます。 自己認識の連続性: 思考や感情は絶えず変化しているにもかかわらず、私たちは「昨日の自分」と「今日の自分」が同じであるという感覚(自己同一性)を持っています。この変化する意識の流れを束ね、一貫した「私」として認識する機能が必要です。 内省・メタ認知: 自分の思考や感情を客観的に観察し、「今、私は怒っているな」「この考えは合理的ではないかもしれない」と評価する能力。これは、意識そのものを対象として捉える、一段高い視点を持つ「主体」の存在を示唆します。 3. 自我(エゴ)とその分裂がもたらす困難 自我(エゴ)の定義: ここでいう自我(エゴ)とは、一般的に「自分はこういう人間だ」という自己イメージ、欲求、信念、価値観などの集合体と捉えられます。それは経験を通じて形成され、自己を守り、欲求を満たそうと機能します。 分裂の具体例: 内的葛藤: 「ケーキを食べたい」という欲求(自我の一部)と「ダイエット中だから我慢すべきだ」という理性や目標(自我の別の部分)が対立する状態。 認知的不協和: 自分の信念と矛盾する行動を取ってしまった際に感じる不快感。例えば、「タバコは体に悪い」と知っていながら吸ってしまう場合、自我の中の異なる要素が衝突しています。 役割による自己の多面性: 家庭での自分、職場での自分、友人との自分など、状況に応じて異なる側面を見せること自体は自然ですが、それらの間で強い矛盾や乖離が生じると、「本当の自分はどれなのか」という混乱やストレスが生じます。 4. 「さらにその上の存在」としての客観的視点の導入 「さらにその上の存在」の具体化: これは、特定の神秘的な実体を指すというよりは、「観察する自己(Observing Self)」や「メタ認知的な視点」と言い換えることができます。それは、自分の思考、感情、身体感覚、そして自我(エゴ)の働きそのものを、あたかも第三者のように、距離を置いて冷静に観察できる意識の機能や状態です。 問題解決への応用: 対人関係のトラブル: 相手の発言にカッとなった時、すぐに反論する(自我の反応)のではなく、まず「今、自分は怒りを感じているな。相手のあの言葉が引き金になったようだ」と観察する視点を持つ。なぜ怒りを感じたのか、自分のどんな価値観が傷つけられたと感じたのかを客観的に分析することで、感情的な反応ではなく、より建設的な対応(例:冷静に自分の気持ちを伝える、誤解がないか確認する)を選択しやすくなります。 目標達成の障害: やるべきことがあるのに、つい怠けてしまう(自我の抵抗)。この時、「怠けたいと感じている自分」を観察し、「なぜそう感じるのか?疲れているのか?課題が難しすぎるのか?失敗を恐れているのか?」とその背景を探る。原因を特定できれば、「少し休憩する」「課題を小さく分割する」「完璧主義を手放す」といった具体的な対策を、観察する自己(主体)が判断し、自我(行動する部分)に指示を出すことができます。 5. 客観的視点を「主体」とし、自我(エゴ)を動かす 脳に使われる状態: 感情的な衝動(怒り、不安、快楽への欲求)や、無意識の思考パターン、習慣に突き動かされ、後で後悔するような言動をとってしまう状態。これは、脳の扁桃体や大脳基底核などの原始的・自動的な反応に「使われている」状態と言えます。 脳を使いこなす状態: 上述の「観察する自己」を自分の中心(主体)と捉え、前頭前野などの高次認知機能を意識的に活用する状態。感情や衝動が発生しても、それを認識し、評価し、長期的な目標や価値観に照らして、どの行動を選択するのが最善かを判断し、自我(エゴ)に実行させる。「怒り」を感じても、怒りに任せて行動するのではなく、「怒りという情報を参考にしつつ、どう行動するかは私が決める」という姿勢です。 6. 訓練による習得可能性 具体的な訓練方法: マインドフルネス瞑想: 呼吸や身体感覚に注意を向け、湧き上がる思考や感情を評価せず、ただ観察する練習。これにより、「観察する自己」を育むことができます。 ジャーナリング(書く瞑想): 自分の思考や感情を書き出すことで、客観的に捉え直し、整理することができます。 認知行動療法的アプローチ: 自分の自動思考(無意識の思い込み)に気づき、その妥当性を検討し、より現実的で適応的な思考パターンに変えていく練習。 ソクラテス式問答(自己対話): 自分自身に「なぜそう思うのか?」「他の可能性はないか?」と問いかけることで、思考を深掘りし、客観性を高めます。 7. 客観性の欠如と問題発生 具体例: 偏見や差別: 特定のグループに対するネガティブな感情や固定観念(客観性のない思考)に基づいて、不当な扱いをしてしまう。 衝動買い: 一時的な欲求や広告に煽られた感情(客観性のない判断)によって、不要なものを買ってしまう。 過度な心配や不安: 最悪の事態ばかりを想像し、その感情に飲み込まれ、客観的な状況評価ができずに身動きが取れなくなる。 結論として 提示された論点は、意識、自我、そしてそれを超える客観的な「主体」(観察する自己)という階層構造を想定し、後者を意識的に活用することの重要性を説いています。これは、感情や衝動に振り回されるのではなく、自己認識を高め、より理性的で目的に沿った行動を選択するための実践的な思考法であり、心理学や認知科学、あるいは瞑想などの分野で探求されているテーマとも深く関連しています。訓練によってこの客観的な視点を強化することは、多くの個人的・対人的な問題を解決する鍵となり得るでしょう。 2.心理学的観点での補足 私たちの精神、すなわち意識は、単なる思考や感情の集まりではなく、身体感覚や置かれた環境との絶え間ない相互作用(身体性認知の考え方にも通じます)の中でダイナミックに形成されます。しかしながら、この流動的な意識体験だけでは、自己の一貫性や能動的な意思決定といった現象を十分に説明することは難しく、意識全体をある程度俯瞰し、方向づけるような主体、すなわち自己意識(Self-awareness)、特に自己の思考や感情を客観的に認識する**メタ認知(Metacognition)**能力に近いものの存在を想定する必要があるように思われます。 この「主体」に近い日常的な感覚が「自我(Ego)」ですが、心理学的に見ると、自我は過去の経験に基づいて形成された自己概念(Self-concept)や信念(スキーマ)、欲求、防衛機制などの複合体です。この自我は、時に内的な葛藤(例:「やりたいこと」と「やるべきこと」の対立)や認知的不協和(自身の信念と矛盾する行動をとった際の不快感)によって不安定になり、感情的な反応や非適応的な行動パターンを生み出すことで、かえって心理的な困難(ストレス、不安、抑うつなど)を引き起こす要因ともなり得ます。 そうした自我の限界や、感情・思考への自動的な同一化を踏まえると、さらにその上位から、自我の働きや感情・思考の流れそのものを、価値判断を加えずに観察できるような視点を持つことが有効になります。これは、マインドフルネスで重視される「今、ここの経験への気づき」や、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)における「文脈としての自己(Self-as-Context)」――すなわち、思考や感情が浮かぶ空間・背景としての自己――に近い概念です。この「観察する自己」とも呼べる視点を導入し、自身の内面や状況を捉え直すことで、問題に対する新たな理解や、より適応的な対処法(コーピング)が見えてくる可能性があります。 具体的に言えば、何らかのストレス状況や問題に直面した際、湧き上がる怒りや不安といった強い感情や、自動的な否定的思考にすぐに飲み込まれる(同一化する)のではなく、まず「観察する自己」の視点から、「今、自分は〇〇と感じているな」「△△という考えが浮かんできたな」と、その心的プロセスに気づき、ラベルを貼ります(感情のラベリング)。そして、その感情や思考から一歩距離をとり(脱中心化・脱同一化)、過剰な感情的反応の影響を抑えつつ、状況を客観的に評価し、より建設的な解釈や意味づけを行う(認知的再評価)ことを試みます。これは、感情を完全に「切り捨てる」のではなく、感情が持つ情報(例:不安は危険への警告信号)は認識しつつも、それに支配されず、より広い視野から行動を選択するための**感情調節(Emotion Regulation)**のプロセスです。 そして、この冷静で客観的な「観察する自己」の視点こそを、自らの意思決定や行動選択における「主体」として据えます。その上で、感情や過去の学習に根差した自動的な反応パターンとしての自我(エゴ)に対しては、この主体からの洞察に基づき、より長期的で価値ある目標に沿った行動をとるよう、意識的に働きかけるのです。これは、扁桃体などの情動反応に由来する衝動的なボトムアップ処理に振り回されるのではなく、前頭前野が司る実行機能(計画、判断、抑制制御)といったトップダウン処理によって、意識的に自己を調整する、すなわち「脳の自動反応に使われる」のではなく、「脳(の機能)を使いこなす」という能動的な姿勢と言えるでしょう。 このようなメタ認知能力や感情調節スキルは、生得的な部分もありますが、マインドフルネス瞑想、**認知行動療法(CBT)**における思考記録や行動実験、**アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)**におけるアクセプタンスやコミットメントの練習などを通して、後天的に向上させられる可能性が高いことが、多くの研究で示唆されています(神経可塑性の観点からも、訓練による脳機能の変化が期待されます)。私たちの抱える心理的な問題の多くが、客観性を欠いた自動思考や、コントロールされない感情反応によって引き起こされ、維持されていることを考えれば、この「観察する自己」を育て、自己調整能力を高めることの意義は、精神的な健康(メンタルヘルス)の維持・向上において非常に大きいと言えるでしょう。 2025年04月04日 参照数: 47 次へ Powered By GSpeech

 

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