人の悪口言うべからず

もうこれは表題のまんまですね。他人の悪口というのは本当になんの徳にもなりません。言ってる本人はストレス解消のつもりなのでしょうが、聞かされている方は迷惑以外の何物でもありません。

では、人はなぜ他人の悪口を言うのでしょうか?そこには自己保身の仕組みがあります。

もともと全てのことには多角的な側面があり、「正しい事」という事は相対的に決まる場合が多いと思います。自分の「正義」と他人の「正義」は違います。

もちろん、根源的な倫理観は概ね一致するにしても、やはり捉え方で物事の価値は変わってきます。その部分を認めるという事なしにコミュニケーションも存在しません。自分の価値観は自分で作るものですから、他人とは違っていても当然という事になります。

しかし、自分の価値観が確立していない人は、その価値観を脅かす存在に関して、敵とみなします。その敵から自分を守るための攻撃の一種が「悪口」になります。
ですが、その対象となる相手に対して意見をいうのではなく、関係のない第三者に攻撃の手札を晒しても何ら解決しません。

しかも、第三者に言った悪口は誇張され、変形して本人に伝わり、言った本人は元より仲介した第三者まで、悪者になります。それによって、聞いた第三者に対しても、その言葉を他には漏らすなという無言のストレスを与えます。

「だれだれが、あなたのことをこう言っていましたよ」

なんて台詞も最悪です。これによって、悪口を言った本人、言われた本人からも敵とみなされます。

実は、先のような台詞では、相手を褒めるということ自体も注意が必要です。もし、言った相手が褒めた相手に対して良い印象を持っていなかった場合、言った相手は、あなたを褒めた相手側の人間だとみなしてしまう場合もあるのです。