理屈も大事だけど、それは物事のある一面にすぎない

理屈も大事だけど、それは物事のある一面にすぎない

写真の加工を突き詰めていくと写真の質感から絵画的表現への転換点みたいなものが見えてくるが、そのボーダーはあって無いようなものだ。



ここのところ、写真入門セミナーの為に「いい写真」とは何かを考えることが多いが、「美の基準」やらなにやら答え自体が存在しないぼやっとしたものを理解しようとすれば、頭脳をフル回転點せなくてはいけない。

とは言え、概ね答えは出ないわけで、その答えの無さが面白いとも言える。結局私達の脳みそは理論的に一元的方向からしか見ようとしない。

本来多元的に答えが存在しているにも関わらず、思考が時間軸をもっているためその様な方法でしか認識できないのだろう。そうした作業を経て、徐々に観念的な全体像を理解するしか無い。

それがある程度理解できると、様々な推測ができる様になる。この場合の推測は理論的というより直感的なものだ。この全体を把握する能力が物事の理解には重要なのであって、そのために理論も必要となる。

なんかぁ、またぁ、わかりにくくなってきたので簡単に書く。

えーとー物事を理解するためにわぁ、理屈も大事だけど、「それは物事のある一面にすぎない事」知っとかないとだめよね。そんでもって、その一面だけを勉強しちゃうと間違った答えが出てくる場合も多いよね。