アートにおける表現の自由

アートにおける表現の自由

先程abema.tvにて、河村市長の記者会見を見ていて思ったが、日本での芸術と世界基準のアートとの間には定義の違いがありそうだ。

もともと、アートの概念と同じものが芸術として認められているのかといえば十分ではないと思われる。

芸術は「芸」と「術」という言葉から連想されるように卓越した技術や独自の方法で「美」を表現したものといった理解だろう。

それに対して、アートはもっとその範囲が広い。

思想信条を含め多元的な視点をもって表現する活動なのであって、それはすなわち表現の自由に直結する。表現されたものの是非は閲覧者に託されているが、そこに権力による介入があってはならない。

よって、これらの行為が「検閲」に相当するというのは正しいと思う。本来、アートはそういった権力に対抗する手段の一つでもある。したがって、河村市長が個人として意見を言うのは問題ないが、市長という立場で中止を要求するのはいかがなものかと思う。

今私は、ラジオリンカーンで喋っているが、その発言に注意する必要もあるのと同時に、言いたいことを言うための表現の仕方というものも勉強しなくてはいけないだろう。

表現の自由とは、可能性の担保なのであって、それらが制限された時支配は増し、窮屈な世界になっていく。外国人ジャーナリストから見た日本の報道の自由ランキングが、先進国の中では最低に近く落ち込んでいるという状況が今の日本。

一般市民は「身の回りのどうでもいいことや、ご飯の情報だけ発信しとけばいいじゃない」なんて雰囲気になるのはまっぴらだ。


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