何をすべきで何をすべきでないのか?

何をすべきで何をすべきでないのか?

現代の教育システムの中で育ってきた学生の皆さんは、学校という社会の中で重要視されているあり方によって、その自由を自ら閉じ込めてしまう傾向があるように思える。品行方正でよい成績をおさめ、周りに気遣って失敗ない生活を送る。そういった事が当たり前なのであって、それが出来ない人は社会不適応者であるとの烙印を自ら課してしまう。

他人との違いはそのままで、普通に暮らすことが大事だから、心は違う方向に向いていても言うことは出来ない。もし自分が考えてることを他者に悟られたら、仲間なんていなくなる。

だから、本音は人前で話したくない。適当に周りに合わせておけば傷つくこともないし、周りもそれを望んでいると考える。

「でも、違うんだ。私は何か特別な私になりたいし、私は誰かに合わせて生きるなんて出来ない。」と、心の声が聞こえる。

大人は、良い人に成れみたいなことしか言わないし、人に褒められるのは、大人たちが作った規範に沿って行動した時だけ。「それって、本当に良いことなの」と、思ってはみるけど言葉にすることは出来ない。

どうせ。誰にも私のことなんか理解してくれない。

その上、他人は私を型に押し込める。

何も希望なんかない。やりたいことなんてわからない。

そんな感じかも。

1.仲間なんていらない

仲間がいないと寂しい?そうかも知れませんが、話が通じない仲間が多すぎたらストレスで余計に寂しくなるのでそんな仲間は不要です。それに自分に正直に生きて行くほうがいい仲間が出来ます。これは間違いない。集まって噂話とか人の悪口言う人なら、こちらからさよならしましょう。さよなら言わなくてもいいです。自然に会わなくなればよろしい。

2.本音は言っても言わなくてもいい

自分の本音という考え方を少し整理しましょう。私に本音や建前というものが本当にあるのか?多分そのどちらも確実なものではありません。人は変化するので、そんな事にこだわってもあまり意味がないです。

ただ嘘は言わないでいいですし、嘘は言わないけど、余計なことは言わないスキルがあると便利です。

3.良い人悪い人というのは相対的でしかない

大人の言う「良い人」というのはあまりにステレオタイプで、そんな奴いねーよと、思えることが多いです。行動の指針にすべきは、自分の中にある誠実です。それを信じて行動するしかないです。そのうえでそれが間違ってたとしても良いです。重要なのは間違いに気づくことの方であって、自分の気持や行動を少し離れて見る癖をつけると良いかもです。

4.誰もあなたのことは理解出来ません。

他人があなたのことを理解できるというのは嘘です。だって、自分自身事をちゃんと理解出来ているかと問われて、「理解している」と答える人は、「理解できていない事」を理解していません。

重要なのはその理解できないそれぞれが、理解しようと努力するという部分だけであって、その結果はあまり重要ではないのです。お互いを認めるという事によってのみ私たちは先に進めます。(それぞれの価値観や環境が違うのにわかるはずないじゃん)

5.私には何かをする才能がない

これには誤解があります。多くの場合何かを成した人を他人が言うのが「あの人には才能がある」というセリフですが、才能があるから何か成したのではななく、何かを成したから才能があると後付で評価するのです。何も行動していない人に才能があるとは誰も言わない訳です。

したがって、例えばクリエイターになりたければ、才能のある無しなど気にせずとにかく作ることから始まるということになります。才能とは他者の評価であって、自分で決めるものではありません。

6.希望など持たなくて良い

希望とは「こうなればよい、なってほしいと願うこと」ですが、「なにかになりたい」を目的にするから間違うのです。そうではなく「何をしたいのか?」そちらのほうが重要です。例えばアイドルになりたいと思ったとします。しかし、「アイドルには成れなかった・・だから挫折した」と考えてしまいますが、その前に、なぜアイドルになりたかったのかの動機が理解できていないのが問題です。

例えば「歌で人を楽しませたい」という動機を大事にすれば、アイドルというのはその一つの結果に過ぎません。もしかしたら、音楽教師でもその動機は果たせるだろうし、多くの選択肢が生まれてきます。

だから、なにかに成りたいに固執すると、本来やりたかった事自体ができなくなる可能性があるのです。

何をしたいのか?それが重要で、それが見えていればいつでも希望は生まれます。