今日は幸せな日だった。
なかなか会う時間が取れない家族と、はじめて行った駅前ビルのアミュプラザでの昼食。
とても嬉しいなと思ったのが、長女の子供と、先日入籍した長男の妻の連れ子の二人が仲良く遊んでいたことだ。
私には血縁関係にこだわる人の気持がよくわからない。多分今の妻に連れ子が居ても一緒に暮らせば血縁のある子どもと何も変わらず対応することになったと思う。
血が繋がっているとか繋がっていないとかそんな事実にどれだけの意味があるのだろう。どんな子供であっても、それは一人の人間としての関係性において愛情というのは生まれるはずだ。
血縁という概念は、よくあるメジャーどころの映画などでも愛情の対象として強調されることが多い。家族愛の為に私は生きるという考えは美談として描かれるが、そこに家族と家族以外という壁を作るのも事実だろう。
そしてそれは「家族を守るため敵を皆殺しにしてもいい」といった命を差別化する思想にも繋がる。
血縁があるのかないのか?それは変わることもある。
例えば、DNA検査で父親が違うことが判明したとか・・。
多分そんな状況にあっても、それを知らないで過ごせば、その子供への愛情は何ら変わらなかったはず。
自分のDNAを引き継いでいないから愛せない?
そんな馬鹿な話はないと思うのだ。(第一自分の妻もDNA違うじゃん)
元妻と今妻が話し込む横で、子どもたち2人が手をつないで走りまわり、お互いを気にかけながら笑い声を上げている。そんな光景を見ることができてちょっとばかし目頭が熱くなったよ。