ハリウッド映画と家族愛

ハリウッド映画と家族愛

ハリウッド映画を見ているとやたら家族愛が語られることが多い。正直「なんでもかんでも家族愛で解決すなよー」と言いたくなることもあって、ちょっと困る。



多分、これは想像だが、多民族国家としてのアメリカって、そういった部分での協調がないとぶっ壊れるというのと、宗教的概念がコモンセンスとして、浸透しているからだろうと思う。

もちろん家族愛が不要ということではないが、映画というフィクションにも、その影響が強く、物語の最後には「俺たち家族だよね。家族最強!!」という締めが待っていたりすると「わかったわかった」と言いたくなってしまう偏屈者の私だったりする。

人それぞれで家族という概念は違うだろう。

そして、それが違っている事自体は悪いことではないと思っている。家族という関係性も人と人というつながりから生まれる自然な関係であるべきだし、夫や妻、親と子供という立場に囚われすぎるといろんな悲劇が生まれる気がする。

自分の親との関係で、気づいたことがある。

ある日、母親と仕事上の口論ししていて、母親の形勢が悪くなった時、彼女が言った。

「あんたは私を謝らせたいのか?」

もちろんそうではなくて、自分の意見が正しいと理解してほしかっただけだったが、その言葉を聞いて思った。

”そうか、母親は、自分は親であって、子供より上にいて正しい事を教える立場にあり、それが親としての役目だとおもっているのだ”

つまり、母親は母親という立場に縛られていて、それはすなわち親という業の中にあるということ。

それに気づいてから親に対して優しく接することができるようになった。これはある面で親を超えた瞬間だったと思っている。

こういった事もあって、自分とパートナー、自分と子どもたちに対しても、自分の立場が「夫」や「親」という概念に縛られているかも知れないという部分は、その後の言動に大きく影響した。

無意識に存在しているかも知れない男尊女卑的な感覚、権威主義的言動、そういったモノに関して警戒するようになったと言える。